蒲原"Take Two"を語る

前作Take Oneの雰囲気とは少し異なった作品である。
より深く、より広大な世界だ。
僕は、Take Oneと同様に大変気に入っている。
いや、ひょっとしたら前作以上かも!?
前作よりギターがフィーチャーされているから?
たしかに!それも理由の一つではあるが・・・。

一番の理由は、タケのディープな創造性が反映されているからに他ならない。

彼は学生の頃から、音楽の三要素+α、つまり、メロディー和声リズム、そして音響の大切さを
僕に説いてきた。
これらのバランスは、一流の音楽家であれば、皆意識していることだ。
それぞれ独自のバランスが、聴き手に個性として伝わる。
しかし、これら全ての要素が濃密に配置された作品は、少ないと僕は感じる。
特にJazzとよばれるジャンルでは。


理由はハッキリしている。

ジャズミュージシャンは、即興しなければならないからである。


自由になるためには、制限が多くては困るのだ。
特に、和声に細かい動きをされては、即興しづらくてしかたない。
けれども、他のジャンルに目を向けてみるとどうだろう。
例えば、後期ロマン派の音楽を思い浮かべてほしい。
ワグナーブルックナーマーラーチャイコフスキー、さらにThe Enidなど。
彼らの作品における高揚感は、まさに和声によるところが大きい。
同時に流れる幾つものメロディーが、時に流れ、時に留まり、時に離れ、時に近づく。
このようなメロディーの流れが、あの高揚感を生む。
僕たちは後期ロマン派の音楽が大好きだ。
なんとかあの高揚感の上で即興できないものか、と常に向き合ってきた。

The Vesper Over Siberian Skyを聴いてみてほしい。
主題のメロディーの裏で流れる、下降と上昇のメロディー達。
ある地点を目指して別々の道を歩んでいくが、必ず最後には再び出会う。
そして、しばらく落ち着いたら、またお互いの歩みに。
この曲は、さらにリズムまでもが別々の経路を辿り同じ地点を目指す。
聴いていると、そこまで複雑に聴こえないかもしれないが、演奏する方は大変である。
中間部のピアノソロに是非注意を払って聴いて欲しい。
これほどまでの素晴らしいソロを弾くのに、どれほどのエネルギーを費やしているのかを。

Toward Siriusなど、さらに幾つもの経路を辿ってリズムが旅立つ。
しかし、現実の世界を見渡せば、幾通りの道があり、幾通りの経路がある。
現代、一方通行のリズムであふれた音楽が多過ぎやしないか。

戦争体験をしていない我々にとって、20世紀に発表された器楽曲の多くは、とても重苦しく感じられる。
もちろんストラヴィンスキーの三大バレエ音楽や、クラウス・オガーマンSymbiosis
エンニオ・モリコーネが作曲を担当した、映画The Stendhal Syndromeなど、
個人的に好きな作品はある。
しかしながら、二回の大戦を始めとした数多くの戦争を体験すれば、
おのずと創作活動も、そのようになるのかもしれない。 
希望喜び理想を語るより、葛藤嘆き現実を語る方が、
はるかに説得力を生み出したに違いない。
20th Century's Goneでは、20世紀に活躍した数多くの音楽家達に思いを馳せつつ、
我々なりに表現できたと思う。

Little StepsFor The Moon、この2曲が好きという方が、もっとも多いのではなかろうか。
こういった比較的シンプルな曲においても、タケは素晴らしい才能をみせる。
器楽曲にしか興味のない人であれば、恐らくこういった曲想は出てこないであろう。
そんな音楽家がいるの?
実際結構いるのですよ。PopsやRockに関心のない音楽家が。
その反対もあります。
あなたの周りを見渡してみてください。
歌や歌詞がないと興味ない、という人がほとんどですよね?

Preludes、この二つのプレリュードに関しては、僕もあなた方と同様、一人のリスナーです。
それぞれの世界観は全く違うのだが・・・、いや、ここであれこれ語るのはやめます。
タケの指から紡がれる、無限に広がる音の世界にしばし浸りましょう。

A Star Above A Roof、美しいですね。愛おしいですね。
この曲におけるメロディー、そしてピアノソロは何度聴いても僕の琴線に触れます。
そしてここでも、タケは見事なオーケストレーションを提示してくれました。
ピアノソロの3コーラス目からは、まるでマーラーの交響曲第五番アダージェットを聴いているかの如く気分に
なります。
父が大好きだった曲だ。
皆さんもまた、この曲を聴いて何か感じていただけると思います。

美しい旋律の上では、言葉など必要ないということを。

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